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2011年 07月 02日
♪ ただ一面に立ちこめた
牧場の朝の霧の海 ポプラ並木のうっすりと 黒い底から勇ましく 鐘が鳴る鳴る かんかんと ♪ あの懐かしい文部省唱歌「牧場の朝」発祥の地が、福島県須賀川市と鏡石町にまたがる元御料牧場「岩瀬牧場」であることを、ごく最近知った。 それは、私も参加している写真俳句ブログの同じユーザーである「青い星」さんの6月28日の投稿記事「岩瀬牧場」に紹介されていたからである。 下の素敵な写真・俳句は「青い星」さんの了解を得て、転用させて頂いた。 ![]() 岩瀬牧場は、明治時代に国の肝いりで作られた、わが国最初の西洋式牧場で、10萬坪の広大さを誇る。今は公園などもあるが、当時の牧舎や事務所跡が文化財として残されているという。 >茅葺きの古き牧舎や夏木立< と「青い星」さんが詠まれた、当時のままの茅葺きの旧牧舎は、緑の風の中に静かに建つ。茅葺きの古い牧舎がしみじみと郷愁を誘い、木立が涼しげである。 歌詞にあるカンカンと鳴る鐘は、明治40年にオランダからホルスタイン13頭を輸入した際に、友好記念に贈られたもので、毎日数度鳴らされていたという。今は、痛んだため、使われてはいない。 自分も朝霧のポプラ並木を歩き、緑の風を浴びて見たいと思った。 -------∽-------∽------- 嘗て、描いた「牧場の朝」の絵を思いだし、ここへ引っ張り出してきた。 ![]() 朝の牧場、緑の風の中に、鐘の音、鈴の音を感じて頂ければ、嬉しい。 ↓ こちら唱歌「牧場の朝」もどうぞ!
2010年 12月 20日
ボクの友人が、何かちゅうと、「ケ・セラ・セラ …や」と、言うんさな。それも、あっけらかん、として言うんやんな。
分かるんさ、此の世は、なかなか思うようにはならへん。そりゃ~分かるんやけどもな。どうも、気になるフレーズやな。 何でや、って?そりゃ~「ケ・セラ・セラ」で思い浮かぶのは、そう、ペギー葉山や、雪村いずみがよう歌うてヒットしたあのメロディー、そしてあの歌詞さな。元歌は、あんた、54年も前に、ヒッチコックの映画「知りすぎていた男」で、女優ドリス・ディーが歌うとった歌やんか。ボク、青春真っ直中やったんなあ。懐かしいなあ。若い人は知らんかなあ?。 ほんなら、まずは、日本語訳と両方の字幕が出るで、聴いて見てみて~。知っとる人は、一緒に歌うてみて~。ボクの友人は、英語でサラサラと歌うんやんな。ボクはアカン(>_<)。 それで、なにが気になるかっていうとやなあ、まず、「ケ・セラ・セラ」いうフレーズやけど、これはなるようになるいう意味なんさな。これは、スペイン語か、そうやない、とかいろいろ言われとるけど、この際そんな事はどうでもええんや。逆に言うとやんな、なるようにしかならへん言うことにならへんか?せやろ! もひとつ、歌詞のなかにやなあ、先のことなど分からないちゅうのががあるんさな。そうするとやな、「先のことなんか分からへん、なるようにしかならへんのや」ちゅうネガティブなニュアンスがなんか響いてくるやろ。投げやりいうと、おおげさやけどな。それが、ボクには気になる言うわけさ、な。 そいで、ボクは「どうしても、きみのようにケ・セラ・セラ、ちゅう気にはなれん」と言うたんさ。なんにも口答えせんだけどな。 それから、ボクは考えとった。そうしたら、ある人がやなあ、それはあんた、もっとポジティブにとらえなあかんわさ~、って言うてくれたんや。話聞いてな、ちょっとおおげさやけど、眼えからうろこやったわ。 そうなんさなあ。世の中のことはなんでも、みんな、どんどん変化していくんやさかい、先がどうなる言うことは、だあれも予測なんか出来やせん。自分の意思こそが意味を持つんや。自分の信念こそが、自分の世界を決定づけるんや。憂慮して、とらわれとると、その世界しか見えへん。おおらかに、前向きにやっとれば、信じたように世界は見えてくるんや、また、そうなっていくんやって、きっぱり言われたんさなあ。 ![]() ず~とまえに、ウエブ仲間の一人が「今日ははとてもエエことがありました。夢は叶えるためにあるんやと思いました」と、書き込んでくれたことに、すごう新鮮な感動を覚えたことを思いだしたんや。 夢は叶うんやのうて、叶えるもんや言うたこと、やんな。そうやんか、なあ。 そこでやなあ、待てよ、これ、おれが日頃こころの支えにしとる「般若心経」と同じことやないか、と思うたわけ。 もうひとつは、禅林からでた「茶の心」とされている「和敬清寂」の精神にも通じるやないか、とも思うたんさ。 大切なんは、この、さわやかに、少々のことには動じることもなく、信じるままに、おおらかに、前向きに生きるちゅうことやわ。 なんのことはない、要するに、普段ボクが思うて、自分にも言い聞かせとることと、ちっとも変わらへんやないか、言うことなんさ。「ケ・セラ・セラ」は、ポジティブに生きる知恵やんか、な。 それで、友人が日頃言うとる「ケ・セラ・セラ」も得心がいったんや。早速そう言うたら「分かってくれたら嬉しい」って言うてくれた。今日は一日ええ気分やった。 < 前のページ次のページ >
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