2008年 06月 02日
風の小径をゆく |
医者に「散歩欠かさず行ってますか?」と問われ「ここのところイベントつづきでして…」と口を濁しておいたが、自分のためや、無理してでもいこ、と幸い好い天気だったので、久しぶりに風の小径を澳(おき=田圃の開けた遠い所)の方まででかけた。
沢山顔を出していたお井戸の坂の竹薮の筍は、もうすっかり伸びて、立派な竹になっており、根元の竹皮もすでに剥がれてしまって、もうない。
藪下の池の鯉も活発に動き出した。60センチは有ろうかと思われる鯉が、急に水面から勢いよくジャンプし、補虫する。シャッターチャンスは逃がしたが、ワクワクする一瞬だ。
この辺りは、田植えが遅い。雲出井水の水利配分時期によるらしい。ようやく終わったところだ。
余って捨てられた稲の苗。少し離れた畦には、ケリだろうか、好くは分からないがシギの類いと思われる鳥が1羽、警戒しながらじっと立っている。♪クイッ、キリキリキリ♪としきりと啼く。
日差しは暑いが、風は心地よい。小戸木の鎮守の杜まで足をのばそうか、石ころ道に足をとられながら丘の風の小径を行く。
杜はすっかり濃い緑に覆われ、あの見事な桜花を咲かせていた木々の枝も陽をさえぎるほどにみどりに彩られている。(4/10のブログをご参照下さい)
久しぶりの野辺の散策は疲れる。蛇川べりに腰を降ろしゆったりとした時を過ごす。
空はあくまでも青く澄み、ヒバリの声と♪クイッ、キリキリキリ♪と用心深い鳥の鳴き声が聞こえるのみである。
帰路、ぶらりぶらりと路傍に目をやりながら道草をしつつ行くと、名も知らぬ花を交えて多くの小さな花を見ることができるのに、われながら驚いた。
こんな野辺の路傍で、なんの手入れも肥やしを貰うでなく、ナント多くの小さな花たちが健気にも、逞しく咲いている事だろう。そして自分たちの種の保存の為に懸命になっているのだ。
かつてない、ときめきを覚えながら坂道を登ってくると、またまた舗装の僅かな割れ目から「おおばこ」が見事なすがたを見せていた。
「生」の神秘、逞しさを、改めてしっかり思い知らされた久々の風の小径の散歩であった。
沢山顔を出していたお井戸の坂の竹薮の筍は、もうすっかり伸びて、立派な竹になっており、根元の竹皮もすでに剥がれてしまって、もうない。
藪下の池の鯉も活発に動き出した。60センチは有ろうかと思われる鯉が、急に水面から勢いよくジャンプし、補虫する。シャッターチャンスは逃がしたが、ワクワクする一瞬だ。
この辺りは、田植えが遅い。雲出井水の水利配分時期によるらしい。ようやく終わったところだ。
余って捨てられた稲の苗。少し離れた畦には、ケリだろうか、好くは分からないがシギの類いと思われる鳥が1羽、警戒しながらじっと立っている。♪クイッ、キリキリキリ♪としきりと啼く。
日差しは暑いが、風は心地よい。小戸木の鎮守の杜まで足をのばそうか、石ころ道に足をとられながら丘の風の小径を行く。
杜はすっかり濃い緑に覆われ、あの見事な桜花を咲かせていた木々の枝も陽をさえぎるほどにみどりに彩られている。(4/10のブログをご参照下さい)
久しぶりの野辺の散策は疲れる。蛇川べりに腰を降ろしゆったりとした時を過ごす。
空はあくまでも青く澄み、ヒバリの声と♪クイッ、キリキリキリ♪と用心深い鳥の鳴き声が聞こえるのみである。
帰路、ぶらりぶらりと路傍に目をやりながら道草をしつつ行くと、名も知らぬ花を交えて多くの小さな花を見ることができるのに、われながら驚いた。
こんな野辺の路傍で、なんの手入れも肥やしを貰うでなく、ナント多くの小さな花たちが健気にも、逞しく咲いている事だろう。そして自分たちの種の保存の為に懸命になっているのだ。
かつてない、ときめきを覚えながら坂道を登ってくると、またまた舗装の僅かな割れ目から「おおばこ」が見事なすがたを見せていた。
「生」の神秘、逞しさを、改めてしっかり思い知らされた久々の風の小径の散歩であった。
by kentians
| 2008-06-02 22:30